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東京地方裁判所 平成7年(ワ)25882号 判決

原告

株式会社広和商事

右代表者代表取締役

白河秀夫

右訴訟代理人弁護士

長戸路政行

原告補助参加人

太田正弘

右訴訟代理人弁護士

長戸路政行

被告

石上産業株式会社

右代表者代表取締役

石上則雄

右訴訟代理人弁護士

葭葉昌司

橋本勝

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告と被告との間に生じた部分は原告の、参加によって生じた部分は補助参加人の負担とする。

三  本件につき平成八年一月二九日にされた強制執行停止決定は、これを取消す。

四  この判決は、前項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告から原告に対する、江戸川簡易裁判所平成二年イ第九三号即決和解申立事件の和解調書の執行力ある正本に基づく、次の強制執行は許さない。

1  別紙物件目録記載二の建物に対する明渡執行(東京地方裁判所平成七年執ロ第二一六三号)

2  別紙物件目録記載三の動産に対する差押執行(東京地方裁判所平成七年執イ第一七六〇六号)

二  原告と被告との間で、原告が、被告に対し、平成七年九月九日限り本件建物を明け渡し、かつ同月一〇日から本件建物の明渡済みに至るまで一か月金七二六万円の割合による金員を支払うとの債務が存在しないことの確認を求める。

第二  事実関係の大要

一  事案の概要

本件は、原告を賃借人、被告を賃貸人としてされた建物賃貸借に係る起訴前の和解に対する請求異議事件である。

原告は、異議事由として、右賃貸借が真実に反して一時使用の目的とされているなどと主張した。

主要な争点は、本件の賃貸借契約が一時使用を目的とするものか否かである。

二  当事者間に争いのない事実

1  原告と被告との間に、被告を申立人、原告を相手方として、平成二年一二月三日に成立した江戸川簡易裁判所同年イ第九三号即決和解申立事件の和解調書(以下「本件和解調書」という)が存在し、右和解調書には、以下のような記載がある。

(一) 原告を賃借人、被告を賃貸人とし、期間を五年間とする別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)に係る賃貸借(以下「本件賃貸借契約」という。)は、平成七年九月九日限り期間満了により終了し、原告は、被告に対し、直ちに本件建物を明け渡す。

(二) 原告が右(一)による明け渡しを遅滞したときは、原告は、被告に対し、本件建物の明渡済みに至るまで賃料の三倍の割合による損害金(一か月七二六万円)を支払うとともに、被告が原告のために訴外株式会社富士銀行に対して債権額を三億円として別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)に設定した抵当権の抹消登記手続きをし、かつ原告が平成二年二月二八日に被告に預託した保証金五億円の残金の返還請求権を失う。

(三) 原告が前記(二)の抵当権抹消登記手続きを遅滞したときは、原告は、被告に対し、金三億円の違約金を支払う。

2  被告は、平成七年、本件和解調書に基づき、本件建物に対する明渡執行及び別紙物件目録記載三の動産につき執行手続きをした。

3  被告は、本件和解調書の前記(二)の記載に基づき、原告に対し、請求の趣旨二記載の債権を有すると主張している。

三  当事者の主張

(原告・補助参加人)

1 本件和解調書は、「民事上ノ争」がないにもかかわらず、賃貸借契約書の作成を目的としてされたものである。

2 本件賃貸借契約は、真実は、建物所有を目的とする土地の賃貸借である。

3 仮に本件賃貸借契約が本件建物を目的とするものであるとしても、賃貸借期間を五年とするものであるから、借家法に違反する。

4 被告と原告は、本件賃貸借契約を締結するにおいて、いずれも一時使用を目的とする意思がないのに、その意思があるもののように仮装することを合意した。

5 被告の一時使用の主張を争う。そもそも、原告は、被告に対し、本件賃貸借の期間を一〇年とすること又は五年の賃貸借契約終了後五年間更新されることを承諾していた。また、本件建物は、原告が多額の資本を投下して建築したものであり、恒久的基礎の上に建つ恒久的建物である。

6 よって、原告は、被告に対し、本件和解調書の執行力の排除を求めるとともに、本件和解調書に記載された債務で、本件建物の明渡し及び賃料相当損害金の支払いを求める債務の存在しないことの確認を求める。

(被告)

1 原告と被告は、本件賃貸借契約を締結するにおいて、その目的を一時使用とし、その期間を五年に限る旨の合意をした。原告は、本件土地周辺の発展状況をにらんで、本件賃貸借契約締結に際して、五年後ないし一〇年後には本件土地上に高層建物を建築する計画を有しており、被告もその点について了解していた。そのために、原告と被告は、本件賃貸借契約締結に際して、本件土地上に建築する建物には杭を打たないとの合意をしたのである(この点は、当事者間に争いがない)。

第三  証拠関係〈省略〉

第四  争点に対する判断

一  本件和解調書が作成されるに至る経緯等について検討する。

甲第一号証、第二号証、第三号証、第七号証、第八号証、第一二号証、第一三号証、第一四号証、第一八号証の一から一〇まで、第一九号証の一から六まで、第二一号証及び乙第一号証、第二号証、第四号証、第五号証、第九号証並びに原告及び被告の各代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができ、右の認定事実に反する原告代表者本人の供述は、自己に不利な部分は記憶がないとし、あるいは各書証の内容に相違し、被告代表者本人の供述に照らしても措信しがたく、採用しない。

1  被告代表者は、昭和五九年ころ、不動産仲介業者である五洋産業株式会社の専務取締役で現在の代表者である補助参加人から、原告に対し、本件土地を原告の経営するパチンコ業の店舗敷地として利用させてやってほしいとの話を持ちかけられた。被告代表者は、その所有する本件土地が土地区分整理による換地によって篠崎駅前の角地に位置することになったため、周囲に住宅や商店ができた後に本件土地上に高層建物を建築するなどして本件土地を有効に活用しようと考えていた上、原告の経営するパチンコ営業について詳らかでなかったこともあって、右申入れを断わった。しかしながら、その後も補助参加人を通じて、度々、被告に対して、原告が本件土地をどうしても利用したい旨の申し入れがされたが、その際、借り受け期間として、未だ競争相手が出現しないうちの短期間で足り、期間満了後は必ず明け渡すこと、そのために本件土地上に建築する建物は取り壊したあと再度の建築工事が容易であるように杭を使用しないこととし、補助参加人において保証人として責任を持つと説明され、一方、被告が本件土地の近くである篠崎町二丁目二五四番地に別途所有する土地を他のパチンコ業者に賃貸しないようにとの申し入れをした。そこで、被告は、原告に対し、再三、その使用形態は、一時使用の賃貸借契約とすることにつき念を押した上、それを担保する措置を質したところ、原告は、一時使用の賃貸借を了承した上、違約した場合の違約金について自由に定められたい旨回答し、補助参加人も、被告に対し、責任をもって原告に約束を守らせると述べた。

2  右の折衝を経て、被告は、原告に対し、本件土地に建築する予定の建物につき、一時使用の目的で賃貸することとし、昭和六一年一〇月一八日、原告との間で、当時の原告会社の代表者取締役広田建一こと李鐘郁及び補助参加人を連帯保証人として、「一時使用の建物賃貸借予約契約書」(乙一)を交わした。その契約書には、被告は、本件土地上に自ら建築する鉄骨三階建ての建物(以下「本件建物」という。)で、杭を使用しないものについて、一時使用の目的で原告に賃貸し、かつ、原告は、これを賃借することを予約したこと、本件建物の敷地が区画整理中であるため、原告は被告が仮換地の指定を受けた日から一月以内に、賃貸借契約を締結し、かつ、被告名義で建物を完成した上、本件建物を原告に引渡すこと、その賃貸借契約の内容は添付の一時使用の建物賃貸借契約書のとおりとし、かつ、その効力は裁判上の即決和解が成立することを停止条件とすること、原告は被告に対し、本件予約契約金として、五〇〇〇万円を支払うこと、そのほか本件予約上の権利を第三者に譲渡するなど処分をしてはならないことが定められている。そして、右予約契約書に添付された「一時使用の建物賃貸借契約書」と題する書面は、その第一条において、本件建物が地下鉄新宿線の篠崎駅の真前にあり、その敷地の有効利用の上から約五年後に建て替える予定があるので、一時使用の目的をもって原告に賃貸すると明記し、本件建物の構造として鉄骨三階建て(杭は使用しない)と記載し、被告が本件建物をパチンコ店及び事務所並びに従業員の社員寮のみに使用すること(第二条)、被告は、本件建物の建築資金として五〇〇〇万円の範囲内で原告又は建築会社に支払うこと(第四条)、賃貸借期間は本件建物の完成引渡しの日から五年間と定め、その他、賃料月額につき、当初二〇〇万円、二年後以降二二〇万円、四年後以降二四二万円とすること(第六条)、保証金として原告は被告に対し五億円を預託し、その償却について一年の経過により二〇〇〇万円宛て被告の所有に帰すること(第八、九条)、一方、保証金の返還債務を担保するため被告は原告に対し本件土地につき抵当権を設定すること(一一条)、第三者に本件賃借権を譲渡し又は本件建物を転貸し若しくは使用させてはならないこと(第一四条)、原告が本件建物の明渡しを怠ったときは、約定賃料の三倍の割合による損害金を被告に支払うことを定めた上、最後に本件賃貸借契約については、裁判上の即決和解をするものとすると定めている。なお、右各約定において、本件建物の完成時期、賃貸借期間の始期、賃料の据置期間等については、いずれも空白のままにされている。

ところで、予約契約書の作成に際して、被告は、原告から、右の賃貸借期間内に設備に投じた資金を回収することができないことがあり得るので、期間満了後さらに五年間使用させてほしいとの要望を受け、右要望に対し、当時新宿線が全線開通しておらず、篠崎駅付近は閑散としていたことから、場合によっては五年間明渡しを猶予することもやむを得ないと考えた。そこで、同日、原告と被告との間で、被告から原告に宛てて、一時使用期間を五年間と定めるが更に五年間の明け渡し猶予期間を認め合計一〇年間に限り原告が使用することを承諾する旨記載され、原告並に連帯保証人としての李鐘郁及び補助参加人から被告に宛てて、原告が被告に対し右の件を承諾した上、誠意をもって即決和解調書及び各条項を厳守することを誓約し、かつ、本件建物の明渡しの期間の満了時には一切の権利の主張をしたり訴訟を提起したりせずに無条件で明け渡すことを確約する旨記載された念書(甲七)を交わした。また、右同日、右約定に従い、原告から被告に対して、本件建物賃貸借予約金として五〇〇〇万円が支払われた。

3  その後、本件土地について、仮換地の指定がされたので、原告と被告は、平成二年二月二八日、前記の「一時使用の賃貸借予約契約書」を破棄し、新たに「一時使用の建物賃貸借予約契約書」(乙二)を交換した。右の新たな予約契約書においては、仮換地の指定に伴う訂正をしたほか、新たに本件予約を被告の都合により解約する場合は原告に対し予約契約金の倍額を支払い、一方、原告は、本件一時使用の建物賃貸借契約書に関して争わないことを約束し、被告及び補助参加人に対し裁判を提起しないことを誓約する旨の約定が追加され、連帯保証人に他に一人が加わり、補助参加人が保証人に変更されたほかは、従前と同一の内容で構成され、本件契約が一時使用の目的のもとに締結される旨及び本件建物には杭を使用しない旨が明記され、本件賃貸借契約の内容が添付の「一時使用の建物賃貸借契約書」のとおりであって、裁判上の即決和解が成立することを停止条件として効力が生ずると定められている。そして、同日、原告、被告及び右の連帯保証人らによって作成された一時使用の建物賃貸借契約書も、原告が被告名義で本件建物の建築に着手する時期に平成二年九月一〇日、賃貸借期間に同日から平成七年九月九日と記入するなど従前空白のままであった期日の欄に記入がされ、原告が本件建物の明渡しを怠った場合において、預託した保証金の残金の返還請求権が失われること、被告が原告のために設定した抵当権の抹消登記手続をすること及び抹消登記手続をしないときは、違約金として三億円を支払うこととする約定が追加されたほか、従前の建物賃貸借契約書と同一の内容で構成され、最後に、同様、本件賃貸借については、裁判上の即決和解をするものとすると定められている。そして、被告は、右当日、右約定に従い、原告から保証金として五億円を預った。

4  被告は、同年三月二〇日、本件賃貸借契約における保証金に係る約定に基づき、債務者を原告、抵当権者を訴外株式会社富士銀行、債権額を三億円として、本件土地につき抵当権を設定した。また、被告は、同年四月一六日、坂田建設株式会社との間で、本件建物の建築工事について、着工時を同日、完成時を同年九月三〇日、請負代金額を五一五〇万円(消費税を含む。)として請負契約を締結した。そして、被告は、同月二六日右代金を支払い、同年一〇月一五日被告名義で所有権保存登記を経由した。なお、本件土地は、本件建物が建築された当時、商業地域に指定されており、九階建ての建物の建築が可能であった。また、右登記名義に関して、原告から異議が述べられたことはない。

他方、被告は、本件建物について、その付帯工事、内装設備工事等を同社等に請負わせて、合計で約四億円を支出した。

5  そして、被告は、前記の平成二年二月二八日付け「一時使用の建物賃貸借契約書」の約定に従って、同年一二月三日、江戸川簡易裁判所に原告を相手方として、起訴前の和解を申立て、本件和解調書が作成された。なお、補助参加人は、同期日に同裁判所に出頭しなかった。本件和解調書(甲一)も、同年に作成された「一時使用の建物賃貸借契約書」とほぼ同様の内容で構成され、本件建物が約五年後に立て替えられる予定があるため一時使用の目的をもって賃貸する旨明記した上、賃貸借期間として、平成二年九月一〇日から平成七年九月九日と定められている。

6  なお、被告は、平成七年九月九日を経過した後、原告との間で本件建物の明渡しの猶予を認める契約を締結するべく補助参加人を通じて原告に対し明渡しの猶予に係る契約書を交付するとともに、その旨の起訴前の和解の申立てをしたが、原告は、定められたいずれの期日にも出頭しなかった。

二  以上の認定事実を踏まえて、まず、本件和解調書が、民事上の争いがないにもかかわらず作成されたものであるから無効であるとする原告らの主張について判断する。

民事訴訟法三五六条は、訴えの提起される前に当事者の申立てにより裁判所において和解の途を開き、もって民事紛争が訴訟に持ち込まれることを未然に防止するとともに、紛争の解決を図ることを趣旨とするものと解されるから、同条一項に規定する「民事上ノ争」とは、権利義務の存否、内容又は範囲について紛議があることに限らず、権利義務の存否等が不確実であり、若しくはその権利義務に係る実行において不安があること又は将来において紛争が発生することが予測されることを含むものというべきである。これを本件についてみると、前記認定事実によれば、本件賃貸借契約は、原告の強い希望により補助参加人の保証のもとに、被告において本件土地に係る開発事情等を考慮して幾つかの条件を付した上一時使用を目的とし、期間を五年間として締結されたものであり、さらに原告の要望を入れて、被告において、付加的に将来における付近の開発の進展状況等にかんがみ、場合によっては、あらためて即決和解等をすることにより明け渡し猶予の形で更に五年間に限り使用させることを承諾し、右承諾に当たり作成された念書にも原告においてその即決和解調書及び各約定を遵守し、期間の満了時に権利主張をしないことを確約する旨の記載がされているのであり、これらの契約の締結の端緒、契約の内容に加えて、前認定のような本件和解調書の申立てに至るまでの事情からすれば、被告にとって本件賃貸借契約の締結に際して、一時使用目的の賃貸借を明確にし、もって将来賃貸借の性質をめぐって紛争が発生するのを避けるとともに、原告による本件建物の明け渡しの履行につき不安があったので、その履行を確保する必要が存していたものということができ、ひいては将来の紛争が発生することが予測されたので、それを防止する目的から出たものということができる。

したがって、本件において、原告と被告との間には、民事訴訟法第三五六条第一項に規定する民事上の争いが存したものということができるから、原告の主張は、理由がない。

三  原告らは、本件賃貸借契約の目的物が実質的には本件土地である旨主張するが、前認定のとおり、被告は本件賃貸借契約の締結の過程において、自ら請負契約を締結して本件建物の建築工事を遂行して被告名義でその所有権保存登記を経由し、しかも本件各賃貸借契約書、和解調書等において、いずれも本件建物を目的とすることが明記されているのであるから、本件建物の所有権は被告にあり、本件賃貸借の目的は、本件建物であることは明らかであり、原告らの右主張は、失当である。

四  次に、本件賃貸借契約につき、一時使用を目的とする旨の合意が成立していたかについて判断する。

まず、本件賃貸借契約の期間について、その締結に至る経緯において、五年間とすること及び一時使用とすることが繰り返し確認され、書面上も、昭和六一年に作成された一時使用の賃貸借予約契約書から本件和解調書に至るまで、一貫して五年間であること及び一時使用であることが明記され、一方、更新に関する規定は一切見受けられない。念書(甲七)において、五年間の猶予について記載しているものの、その記載に続けてことさら一〇年に限る旨記載されていることや、前認定のようなその作成に至る過程に照らすと、その趣旨は、付近の開発の進展状況等を考慮して、原告が投下資本の回収ができなかったようなときに限って明け渡しを猶予する形式で合計一〇年間に限って使用継続を認めたものにすぎないものということができる。なるほど、被告は、現在、本件土地の有効活用に関して具体的な計画を立てるに至ってはいないものの(被告代表者本人の供述)、その点には被告が五年間の明け渡しの猶予もやむを得ないと考えていた事情も与っているものと思料され、前認定のとおり、本件賃貸借契約当時、被告は、本件土地周辺の発展状況を見据えながら、右契約の締結の五年後又は一〇年後には本件土地上に高層建物を建築する予定を有し、右の事情については原告も認識していたから、被告において本件建物を一時使用の目的としたことを何ら異とするに足りない。また、本件建物は、鉄骨陸屋根三階建ての建物であるが、建築当時その敷地は九階建ての建物を建築しうるものであったが、前記のような一時使用の目的等を考慮して三階建てとされたものであり、しかも、前記の契約書、念書及び本件和解調書において当事者間で繰り返し確認されているとおり、杭が使用されていないものである。この点に関し、原告は、本件建物が恒久的基礎を有する恒久的建物である旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。そして、原告が被告に交付した保証金額、右償却額及び賃料額並びに本件建物の設備等に投じた資金の額は決して低いものではないということができるが、本件土地建物の立地条件、原告の使用目的等を合わせ考慮して、なお不相当に高額であるとする事情も窺えない。

前記認定事実に以上のような諸般の事情を総合考慮すると、本件賃貸借契約は、一時使用のための賃貸借であるというのが相当である。本件賃貸借契約が期間を一〇年とし、又は五年間更新された旨の主張については、前記の念書によっても、かかる合意の成立を認めるに至らないことについては前判示のとおりであり、他に右合意が成立していたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、借家法違反をいう原告らの主張は失当であり、また、被告において真実一時使用の目的で賃貸借契約を締結する意思を有し、原告においても一時使用を目的とする賃貸借契約であることを認識した上で本件賃貸借契約を締結したものということができるから、この点に関する原告らの主張も理由がない。

更に、以上認定判断したとおり、本件和解調書において、原告が、被告に対し、平成七年九月九日限り本件建物を明け渡し、かつ、平成七年九月一〇日から本件建物の明渡済みに至るまで一か月金七二六万円の割合による損害金を支払うべき債務を負っていることもいうまでもない。

五  よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条(九四条後段において準用する場合を含む。)を、強制執行停止決定の取消しとその仮執行の宣言について民事執行法三七条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官門口正人)

別紙〈省略〉

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